先生を辞めた~私の場合~

教員の仕事、大好きだけど辞めました!鬱(再発防止期)と育児とお仕事の話。

退職に向けて③~管理職との面談でやっと一歩〜

鬱になってボロボロになって。

でも退職も休職もできない。

そんなとき、一歩踏み出すきっかけになる管理職からの声かけがありました。

(過去の経験談です。今はうつも落ち着いて再発防止期です(^^))

前回の記事はこちら

sennsei-yameta.hatenablog.com

気付いてくれた上司

面談に呼ばれ、小さな特別教室に入って、管理職の一人と向かい合って座りました。

パワフルな他の二人の管理職とは違って、とても腰が低いおだやか〜な先生でした。

「転勤してきた先生たちにも、最近の様子聞いてるんだよね。」

「育休から復帰してみて、どう?」

最初はこんなふうに聞かれたと思います。

私は平静を装って、「最初はてんやわんやだったけど少しずつ慣れてきました」なんて言おうと話し始めました。

でも、言葉とは裏腹に、涙がボロボロと出てきてしまいました。

なんてこった。

突然の面談で、うつのこと話す決断もできてなかったのに。

開始早々、めっちゃ泣いてるじゃん私。

「大変だった?」

優しく聞いてくれたのを覚えています。

私、余計に泣きます。

「実はね、こんなこと言われるの嫌かもしれないけど、見ていて、すごく苦しんでるんじゃないかと思ってたんだ。」

号泣です。

つらいって言えない性格

私は昔から、辛いとか疲れたとか、家族以外の人の前で話すのが苦手でした。というか出来なかった。

けっこうしっかり者と言われていたし、そこそこ優秀と言われる経歴を生きて、かっこつけて強がっている部分もありました。

もっと疲れてる人はいるとか、このくらいで弱音を吐いたらだめだとか、真面目に考えていました。

それに、なにより、とても気が弱いので、本当につらいことを誰かに話して「そのくらいで?」とか「気にし過ぎだよ」とか言われることに、過剰に怯えていました。

そう言われたらきっともっともっと苦しくなるから。それなら誰にも言わないほうが楽だと感じていました(今もそう思っています。)

うつになって、家でボロボロ、子供の前ですら感情のコントロールができず、泣いたままうずくまって指一本も動かせないお母さんだったけど、

職場ではなんとか、気付かれないように、涙や気持ちの落ち込みを隠せているつもりで過ごしていました。

でも、この管理職には見抜かれていた。

苦しさを打ち明けた

「実は、うつ病だと診断されています。休職か退職をしたほうがいいと言われました。」

ここでこの涙の理由を誤魔化すほど、このまま隠して働き続ける覚悟はできていませんでした。

泣きながら伝えました。

「もう病院も行ってるんだね。薬もちゃんと飲んでる?」

管理職の先生は優しく受け止めてくれました。

まず受け止める。って、こういうことか。人手が足りなくて大変な職場なのに。受け止めてくれたことに今になっても感謝しかありません。

「実は僕もね、うつとは長い付き合いなんだよ。」

そう言って、ご自分のことまで話してくださいました。

 

あぁ、この人は、人の苦しさをちっぽけだなんて言わない人だ。

そう感じて、私は今までの苦しかったことを泣きながら打ち明けました。

家族以外の人にこんな話をしたのは生まれて初めてでした。

「先生の人生だからね。まだお子さんたちも小さいし、周りのことは、気になるだろうけど、気にしなくていいから。」

ゆっくり言葉を選んでかけてくれた言葉の一つ一つが有り難くて、少しスッキリしました。

この日の面談が、自分の人生を自分で決めるための最初の一歩になりました。

 

 

でも、その後もまだまだ、退職も休職もできないんです。

つづく